東京地方裁判所 平成6年(ワ)19700号 判決 1995年9月20日
原告
石河信一
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
山崎隆
同
岡芹建夫
同
廣上精一
同
前田達郎
被告
石河不動産株式会社
右代表者代表取締役
石河道子
右訴訟代理人弁護士
髙木國雄
同
相川裕
主文
一 被告の平成六年九月一九日開催の取締役会においてなした「別紙物件目録記載の土地を株式会社イクロスに金八億二九一九万円で売却することを承認する」旨の決議が無効であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、被告の株主であり、被告の代表取締役は、石河雄二(雄二)及び石河道子である。
また、雄二は、株式会社イクロス(イクロス)の代表取締役でもある。
2 被告は、平成六年九月一九日、七名の取締役のうち六名が出席して取締役会(本件取締役会)を開催し、雄二が議長となって、出席取締役全員の賛成のもとに、被告所有の別紙物件目録記載の土地をイクロスに金八億二九一九万円で売却すること(本件売買契約)を承認する旨の決議(本件決議)をした。
二 争点
本件の争点は、次の①ないし③の三点である。
① 被告の(代表)取締役である雄二が、イクロスの代表取締役として被告との間で本件売買契約を締結することは、商法二六五条の自己取引に当たるか。
② 特別利害関係を有する取締役である雄二が議長となって取締役会の議事を主宰し、議決権を行使したことは本件決議の無効事由となるか。
③ 原告が本件決議の無効を主張することは権利の濫用に当たるか。
(権利濫用についての被告の主張)
被告は、原告及び雄二の先代石河誠一郎(誠一郎)が築いた実質的に同人の個人会社であり、被告の株式のほとんどは、誠一郎の死去に伴ってその相続人らが承継し、原告は、筆頭株主となっている。原告は、自らが被告の役員となる代わりに妻である石河朝子(朝子)を取締役にさせ、被告との関係では、朝子の取締役会での発言や行動が原告の行動や発言と同視されるのが暗黙の了解であった。そして、朝子は、本件取締役会に出席し、取締役会決議の手続的な瑕疵を問題とすることなく、議案に賛成の立場で議決権を行使した。このように朝子が何ら異議を述べることなく、本件決議に賛成したにもかかわらず、原告が後日になって手続的な瑕疵を取り上げて、本件決議の無効を主張するのは、権利の濫用に他ならない。
また、本件売買契約は、売買代金額も第三者の鑑定に基づいた適正なものであり、取引の結果、一方の会社の資産が減少したということもないばかりか、この取引によって被告に累積し、経常利益で解消することが不可能になっていた巨額の欠損金を減少させることができたのである。したがって、本件売買契約はイクロスにとって適正な取引であるとともに、被告にとっても大きなメリットのある取引であり、これを承認した本件決議を無効とすることは、仮に本件決議に瑕疵があったとしても、些細な手続的瑕疵をことさら問題にして被告にいたずらに負担をかけることになりかねず、この点からも、本件決議の無効確認請求は、権利の濫用といわざるを得ない。
第三 争点に対する判断
一 争点①について
商法二六五条一項前段は、取締役が「第三者ノ為ニ」会社と取引する場合も自己取引に当たるとして、取締役会の承認を要求しているところ、「第三者ノ為ニ」会社と取引するとは、取締役が第三者の代理人として、又は、法人である第三者の代表者として、自己が取締役に就任している会社と取引し、その法律効果が取締役ではなく第三者に帰属する場合をいうものと解される。
本件において、雄二は、被告の(代表)取締役であり、かつ、イクロスの代表取締役であったから、雄二がイクロスの代表取締役として被告と本件売買契約を締結することは、被告の立場からみて、取締役の自己取引に当たることは明らかである。
これに対して、被告は、被告とイクロスの株主構成が近似しており、設立の経緯からも両社は実質的に親子会社と同視されるべき関係にあるから、両社の間に利益相反が生ずることはなく、本件売買契約の締結は商法二六五条の自己取引に当たらないと主張する。
確かに、被告とイクロスの株主構成が全く同一であるとか、あるいは、両社が一〇〇パーセント子会社・親会社の関係にあるといった事情がある場合のように両社間に実質的に利益相反の余地がないのであれば、本件売買契約の締結が自己取引に当たることはない。しかし、被告の主張する、両社の株主構成が近似しているとか、設立の経緯から両社が実質的に親子会社と同視されるべき関係にあるといった事情は、仮にこのような事情が存在したとしても両社間に実質的に利益相反の余地がないということはできないから、被告の右主張はそれ自体失当である。
二 争点②にっいて
自己取引の承認決議を求める取締役は、当該議案について特別利害関係人に該当するから、決議に参加できないし(商法二六〇条ノ二第二項)、取締役会の定足数にも算入されない(同条三項)。したがって、特別利害関係人たる取締役は、当該議案に関し、議決権を行使し得ないのはもとより、取締役会の定足数に算入されないことから、取締役会への出席権もないというべきであって、結局、取締役会の構成員から除外されると解するのが相当である。
そして、原則として、会議体の議長は当該会議体の構成員が務めるべきであるし、取締役会の議事を主宰してその進行にあたる議長の権限行使は、審議の過程全体に影響を及ぼしかねず、その態様いかんによっては、不公正な議事を導き出す可能性も否定できないのであるから、特別利害関係人として取締役会の構成員から除外される代表取締役は、当該議案に関し、議長としての権限も当然に喪失するものとみるべきである。
しかるに、本件においては、特別利害関係人にあたる雄二が、自己取引の承認決議について議決権を行使したのみならず、取締役会の議長として当該議案の議事を主宰してその進行にあたったのであるから、本件決議は違法かつ無効なものというべきである。
被告は、特別利害関係を有する取締役が議決権を行使した場合であっても、その者を除いてなお決議の成立に必要な多数が存するならば、決議の効力は妨げられないとして、本件決議が有効であると主張する。
確かに、本件決議の瑕疵が特別利害関係人にあたる雄二が議決権を行使したという点のみに存するのであれば、被告主張のとおり本件決議が有効となる余地はあるが、右のとおり、本件決議については、議長としての権限を喪失した雄二が議長となって議事を主宰したという瑕疵も存するのであるから、たとえ、雄二を除いてなお決議の成立に必要な多数が存したとしても、本件決議が有効となるものではない。
三 争点③について
被告は、原告の妻である朝子が本件決議の手続的な瑕疵を問題とすることなく、本件決議に賛成したにもかかわらず、後日になって原告が手続的な瑕疵を取り上げて、本件決議の無効を主張するのは、権利の濫用であると主張する。
しかし、被告の取締役である朝子は、原告の妻であるとはいえ、当然のことながら、原告とは別人格なのであるから、朝子が本件決議の手続的瑕疵を問題とせず、本件決議に賛成したからといって、原告が本件決議の無効を主張することが権利の濫用になるものとは解されない。
また、被告は、本件売買契約が被告にとって大きなメリットのある取引であったから、仮に、本件決議に手続的瑕疵があったとしても、本件決議を無効とすることは、被告にいたずらに負担をかけることになりかねず、この点からも、本件決議の無効確認請求は、権利の濫用であると主張する。
しかし、本件売買契約が、結果的に被告にメリットのある取引であったか否かは、本件売買契約を承認した本件決議について手続上の瑕疵があったか否かという問題とは何ら関係がないから、被告の右主張もまた理由がない。
(裁判官深山卓也)
別紙物件目録<省略>